ツイてる、気になる

気になる情報のメモです。

*

荒木田裕子さんの旧姓、身長など

   

sponsored link


荒木田裕子氏は元バレーボール女子日本代表選手で、2020年のオリンピックに向けて、組織委員会理事の一人。

1954年秋田県生まれで、現在62歳。競技時の身長は173センチでした。

荒木田裕子さんの旧姓はというと、もともと「荒木田」のようです。断定できませんが、過去のバレーボールニュースを遡ると、他の女性選手は旧姓で示されることがあります。

たとえば、東洋の魔女と呼ばれた日本代表のキャプテン、中村昌枝さん(故人)は旧姓河西と添えられるものでしたが、荒木田氏については、異なる名字はまったく見かけないので、旧姓はないと(個人的には)想像しています。

 


ステキな笑顔ですね。バレーボール選手で173センチはふつうかもしれませんが、同世代から見たらかなり大きいはず。

 

過去のインタビューによると、バレーボールを始めたのは、たまたまのような経緯で、そして始めたら楽しかったと・・・

ーーバレーボールを始められたのはいつ頃ですか? やはり小学校の頃から?

 

いえいえ、小学校の頃はポートボール(バスケットボールに似た競技)をやっていました。その当時一緒にやっていた子たちがみんな仲良しで、中学に入ったらバスケットをやろうねと話していたんですが、実際入ってみたら女子のバスケットボール部がなくて…

 

ーーえっ、まさかそれでバレーボールに?!

そうなんです、「じゃあ、みんなでバレーボールをやるか」ということになって。結構安易でしょ?(笑)
やってみたら、それはもう楽しくて楽しくて。学校に行くのがほんとうに楽しかった。顧問の先生はバレーボールのバの字も知らないような方でしたけど、おもしろくて温かい人でした。練習後にみんなで教員室に行くと、先生がラーメン作ってくれたりしてね

 

(ワークライフバランスインタビュー http://www.happy-bears.com/contents/interview/18-02.html より)

 

ということで、この続きによると、進学校をやめて仲間と一緒に進んだ高校のバレー部が強くなって、全国大会に進み、2位になって、その頃、もしかしてオリンピックに行けるのでは・・と考えるようになったそうです。

その後、大学進学もバレー後でもできると断念して日立に入ったとのこと(1972年)。

実際に荒木田裕子さんは現役選手を引退してから1978年に共立女子短大に入学していますから、その行動力がすごいです。

th_006

 

大学の後は国際公認コーチとして活躍し、今はご存知のように公益財団法人日本バレーボール協会の女子強化委員長です。

 

ちなみに日本バレーボール協会(JVA)によると、今年の9月13日に、強化事業本部の人事が新しくなったばかり。会長である、木村憲治氏みずから強化事業本部本部長となっています。

 

2020年の東京五輪に向けて会場予定の、有明アリーナの建設が今論議されています。(有明アリーナが建設中止なら日本バレーボール協会は?

荒木田さんの言葉を借りると「レガシーを考えてあれだけ議論したのに」ということで、有明アリーナ(バレーボール会場)の今後の展開が注目されています。

 

ところで荒木田氏がモントリオールオリンピック(1976年)で活躍し、金メダリストとなった時、監督は日立の山田重雄氏でメンバーもかなり日立の方が多いよです。その時の監督のコメントです。

「皆よくやってくれた。ベンチにいる私は、ただ彼女たちの青春の躍動を見ていればよかった。

こんな素晴らしい乙女たちがいるだろうか。つくづく私は選手に『ありがとう』と感謝した。

今、こうして(東京五輪以来)12年ぶりに王座を奪い返し、選手たちが大喜びしてくれる姿を見て『あの十字架のように重かった”銀メダル“(メキシコ五輪)が”金メダル”に変わったんだなあ』とつくづく感じる。

 

(モンスポ http://montreal.sports.coocan.jp/playback.html より)

金メダルはいつも劇的・・・と改めて感じました。

 

 

sponsored link


 - 教育・政治, スポーツ , ,