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市橋達也受刑者とディーン・フジオカ、そして「怒り」

      2016/10/01

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市橋達也受刑者はリンゼイ・アン・ホーカー殺害事件の犯人ディーン・フジオカ氏は、犯人手記を元に「I am ICHIHASHI 逮捕されるまで」で監督・主演・主題歌の3役を務めて、2013年に映画を発表しました。

そして今公開中の映画『怒り』の原作者:吉田修一氏は市橋受刑者の逃避行が念頭にあったと言います。

「念頭にあったのはお察しの通り市橋達也の事件です。といっても僕は彼の2年半に及ぶ逃亡劇や事件そのものより、目撃情報の通報者に興味があった。

街で似た男を見た程度ならともかく、身近な人間に対して疑念が生まれていく“事件の遠景”に胸騒ぎを覚えたんですね。

 

(Newポストseven 2014年2月 著者に聞け より)

 

このインタビューは上記の通りまだ2014年のことで、もちろん映画化の前。映画『怒り』はキャストが豪華で出演者の役作りから何からじつにハイレベルです。

 

市橋受刑者の犯した市川市の英国人女性殺害事件は2007年3月の事。しかし警察の目の前で逃走した市橋は、その後も一度は近隣で捜査員に捕まりかけながらも逃走し、結局2年7カ月もの間、全国を逃走しました。

 

2009年11月10日に逮捕され、市橋は裁判の判決前の2011年1月に『逮捕されるまで―空白の2年7カ月の記録』を幻冬社から出版。その後2012年4月に、市橋の無期懲役が確定しました。

 


・・・ということで、おぞましい事件でしたので、振り返るのも複雑な気持ち。ただ、今さら驚いたのは、映画のI am ICHIHASHI 逮捕されるまでが作られた時、ディーン・フジオカ氏は日本でまだ無名に近かったはず。

 

2015年からの朝ドラ「あさが来た」で五代友厚を演じ、五代ロスと言われ、一気に人気の沸騰したディーン・フジオカです。しかし映画ができた頃のインタビューでは、話の重点は、監督としての視点でした。

 

――当初周囲から忠告を受けたということですが、一定の批判を覚悟して制作にのぞんだのでしょうか。

ディーンさん:やらなければいけない使命感のようなものがありました。今振り返ると何の勘違いだったんだろうと思いますが、こんな悲惨な事件はあってはいけないし、手記が出版されたこと自体おかしいなと感じていました。

(中略)

その犯人像に対して、逃げ続けることで彼が「間違った達成感」を感じたり、本を書くことが「何らかのトロフィー」であるように思っているのであれば、そのような考えは壊さなければいけないという使命感のようなものがありました。

(千葉日報 2013年12月)

ただし、ディーンさんによると映画の脚本は手記とはまるで異なるそうです。

 

今や大スターの貫禄のディーン・フジオカ氏は1980年生まれ。千葉県の名門校、船橋高校(野田元首相も同じですね)を卒業後、留学しました。香港で2004年モデルとしてデビュー。2015年の『探偵の探偵』に日本でドラマ初出演した時も、すでに注目されてきました。

 

市橋受刑者は、千葉大学の園芸学部を卒業しており、女子中学生監禁事件の寺内樺風(かぶ)被告も千葉大学。そういう指摘は、関係ない千葉大学の方には迷惑なことでしょうけれど、船橋市、市川市、行徳駅、市橋の卒論テーマだったというディズニーランドとか・・・あのあたりが思い浮かびます。

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リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の市橋達也について、ヘンな話ですが逮捕後にファンクラブのようなものもできました。これは正直、気持ち悪いです。しかし、千葉大学名誉教授の本山直樹氏は、逮捕前から「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」を作って誠実に支援してこられました。

 

市橋達也の両親は情状参考人としても出廷を拒否したようです。周囲から親ばかと言われても親は弁護したくなるもの・・とは、第三者の勝手な感想かもしれませんが、ふと高畑淳子さんのことが思い浮かびました。

 

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