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浜渦武生(はまうずたけお)元副知事とは?

      2016/09/21

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浜渦武生(はまうずたけお)氏は東京都の元副知事です。いま注目されるのは石原慎太郎元都知事が、豊洲は専門じゃない。浜渦副知事に一任していた」と、週刊文春で報道されるから。

9月20日本日の時点でこちらでは週刊文春の記事内容は見ていません。なので、石原氏が名前を出す浜渦副知事とはどんな方か? という素朴な点を確認してみました。

まず東京都の副知事に浜渦武生氏が就任していたのは1999年5月〜2005年7月というおよそ6年間になり、辞めた理由は都議会で問責決議が可決されたから。つまり普通のいわゆる「交替」ではなく、都議会の都議たちに追われた形になります。

 


副知事辞任の経緯はいま置いておくとして、では浜渦氏は2005年7月以降は、都政に関わっていないか? というと、そんなことはありません。2006年7月から今度は東京都の参与に就いています。任命したのは、もちろん石原都知事。参与を辞めたのは、猪瀬氏が再任せずのことで2013年3月です。

つまり浜渦氏は1999年から2013年という長い期間に、2005〜2006年のおよそ1年間を除いて、実質13年ほど、東京都都政に関わった方、といえます。

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豊洲との関わりは、2004年に「豊洲新市場基本計画」が策定された時点で、浜渦副知事だったことは確かでしょう。

その後2008年ころをめぐって、先日の 比留間英人元中央卸売市場長に豊洲の責任は?にありましたように、当初は石原都知事と当時の市場長である比留間英人氏の証言が食い違っていました。(その後、石原氏が発言を訂正)

大雑把に言うと、「上から言われた」「下から言われた」のような食い違いですが、2008年当時、浜渦氏に限っていえば役職は副知事ではありません。

2008年当時に副知事だった方は、谷川健次氏、山口一久氏、菅原秀夫氏、猪瀬直樹氏の四人になります。猪瀬直樹氏はご存知のように、その後東京都都知事に。

まあ、副知事が誰だったかということと、豊洲市場をめぐる責任の所在とは、複雑な要素が絡み合っていて、それを追求してもあまり意味があるとは思えません。

ただ、上記にもあるように、浜渦氏が豊洲の土地の購入を指示したとも言われます。だとしたら、かなり豊洲問題の張本人というか、当事者のお一人でしょう。

 

浜渦氏の副知事辞職については、都議会が百条委員会を開き、当時もドンであった内田茂氏と浜渦氏はいわば敵対関係であったはず。石原氏が「泣いて馬謖を切る」心境と語ったとされる腹心の人物ですが、ともかく都議会のドン内田茂氏のの敵だった浜渦氏が、じつは小池百合子都知事のもとでもう一度副知事に就任か? という噂もあります。

 


「浜渦=石原」だとしたら小池氏とはやはり敵対関係? と思われる今回の都知事選でしたが、何やら確かに複雑です。

今の関心は、石原氏のいう「浜渦副知事に一任していた」という話なんですが、肝心のご本人は一任されていたというのか、それとも比留間英人氏のように、双方の主張が違うのかーーー。まだ不明です。

 

ところで内田茂氏は、過去もさすが・・というのか

知事の側近で「剛腕」で知られる浜渦武生(はまうずたけお)氏が副知事に就任し、次に都庁内の実権を握りはじめたことに危機を感じた内田氏は思いきった手 を打つ。浜渦氏が都政を私物化していると批判して都議会に百条委員会を設置し、問責決議を可決して辞任に追い込むのである(2005年)。

(中略)

慎太郎氏は「泣いて馬謖(ばしょく)を切る」と浜渦氏を更迭。これを機に、内田氏は都議団だけではなく、東京選出の国会議員、都議、区議を統括する自民党東京都連幹事長に就任して名実ともに都連のドンとして君臨するようになり、慎太郎氏の長男・伸晃氏を最年少で都連会長に抜擢した。

(週刊ポスト 8月12日 より)

この記事の続きによると、内田氏は石原伸晃氏を人質にとって石原慎太郎氏さえも逆らえないようにしたという解釈もあるようです。

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なるほど・・・あの石原氏がなぜ内田氏を立てるのか不思議でしたが、そう言われるとわかる気もします。

肝心の浜渦武生氏は、1947年生まれ。現在は東京交通会館副社長で、いわゆる天下りとも言われます。関西大学出身。副知事時代は独裁的な手腕だったとの評価。

 

 

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